色と日常

デザインをする時は、色に頼り過ぎないデザインにしましょう( ・_・)ノ

色覚検査は「石原式」以外を模索しましょう( ・_・)ノ
色覚特性者(と家族)が出会う最大の不幸は石原テスト、である場合が多いから。

ごあいさつ

はるか昔のことになりますが、息子が小学校の色覚検査で「色覚異常」と言われました。そのとき当方は、「色の見え方なんて、誰でも同じではなかったの?」と驚きました。このサイトは、その時の驚きをもとに作ったサイトです。もしも当時のわたしと同じように思っている方がいたら、一読していってくれると大変にありがたいです。

 

色覚特性者はとても困っている

たくさんの人・組織が情報発信しつづけた事もあり、色覚の多様性についての社会の理解が広がり、色彩表示に工夫がこらされるようになりました。たとえば任天堂switchのペンキ塗りバトル「スプラトゥーン2」には色弱者モードがあります。

しかしながら、まだまだ足らない、もしくは忘れられがちになるので、引き続き発信します。

 

ミニコラム

カラーバリアフリー、色覚バリアフリーと表現はいろいろですが、つまり、色を使用した表示をより多くに人に解るものにしたいのです。最近読んだ、ドイツの新進気鋭の哲学者マルクス・ガブリエル氏の『なぜ世界は存在しないのか』の中の「いいこと言ってるな」と思った箇所を引用します。

遅くともガリレオ・ガリレイとアイザック・ニュートン以降、色彩は現実には存在していないのではないかと疑われてきました。このような疑いは、色彩に大きな悦びを感じるゲーテのような人の感情を大いに害するものでした。それでゲーテは独自の『色彩論』を書いたほどです。色彩の実在を疑う考え方からすれば、色彩とは、私たちの視覚器官に届いた光の特定の波長にすぎません。世界それ自体は本来まったく無色であり、それなりの規模で集まって均衡状態にある何らかの粒子の群からできているに過ぎない、というわけです。まさにこのようなテーゼが、形而上学にほかなりません。

非常に面白いお話です。「世界それ自体は本来まったく無色であり」とは痛快です。とはいってもガブリエル氏は「だから、色は無意味」と言ってるのではありません。わたしたちが色をそれぞれ感じていることは事実であり、その事実込みで実在について、社会について、人同士の関わりについて考える必要があると、説いているのだと思います。

なので、ゲーテにしろ、他の誰にしろあなたにしろわたしにしろ、独自の『色彩論』を書くことは、とても良いと思います。

ただ、そのとき、人それぞれの色覚のあり方は、一様ではないことを思い浮かべたいのです。

 

 

色彩表示の工夫、良い例の紹介

黒板の写真

色分けだけに頼らないデザイン

「色」とは、物の外側にべったりと貼り付いている、物質的真実、というわけではないです。
「色」は、光を受け取った各自の目の細胞が、波長に応じて反応を起こし、それがまた脳の特定部位に送られて「色」として感じられるもの。色即是空とはよくいったもので、「色すなわち空」です。
ですから、何か決定的に確かなものとしではなく、人々の歓心や注意を惹きつけるものとして考え、その他の判断手段も足す必要があります。

とあるテレビ局のバラエティ番組で、実際に見た良い例↓↓↓↓

6個のドアに色が付いている。さらに番号もふってある良い例

どのドアがあたりで、どのドアがハズレかというゲーム。ドアを蹴破ると、ハズレだと小麦粉の砂場につっこみ、アタリだとゴールへ行ける。司会者は「何色のドアを破るか?」ではなくて、「何番のドアを破るか?」と質問していました。色を分けただけに終わらず、番号も付けたことが、お見事でした。

6個のドアに色がついている。違いはそれしかない

↑こちらは、同一デザインで色だけ違うもの。ここから選択を迫るのはよくない事例。

サブとなる判断手段は、「数字」「言葉」「言葉による説明」「記号」「形」などが、考えられます。
強調したいのは、無闇とシンプルにしない、ということです。困ったとき、冗長さにしばしば助けられるのは、多くの人が経験ずみかと思います。

色と色の間に緩衝材のあるデザイン

色の上に色が直接置かれた表示は目が疲れます。目の疲労だけではなく、色同士の不協和音によって頭痛や吐き気を起こす方もいます。

下の見本は赤と緑で作りましたが、この色の組み合わせに限らず明度のほぼ同じ組み合わせ(青やオレンジの重なりなど)ではどれでも起こりえるようです。

黒板に赤チョークを使わない授業

濃い緑色の黒板に、白よりもずっと暗い明度の赤チョークはとても見づらいのです。

「赤チョークが見えなくても、特に不自由はなかったですよ」というご意見もいただくので、いちがいに不便と決め付けられませんが、うちの子供は「見えない」とベソをかいていました。

赤=重要、という慣例、見直してみませんか。

レーザーポインターを使わなくても伝わる工夫

会議やプレゼンテーションで使われるレーザーポインターですが、レーザーポインターはそのポイントの面積の小ささと、赤い色のせいで、きわめて視認性が悪いのです。

そのレーザーポインター、必要ですか?
出来るだけ使わなくても、伝わる工夫をお願いします。

色の対比は、赤-緑よりも、赤紫-緑を用いる

例えば生物のプレゼンテーション。

動物組織というのは、染色しないとどれがどれだが分からないそうです。 そのための色は何でもいいわけですが、赤-緑で区別されることが多いそう。

それを、赤の変わりに赤紫を使い、重なり部分を従来の黄色ではなく白を使うと、より多くの人に見えやすい表示になります。

 

 

 

次のページ⇒⇒