bunさん 1999/10/27
どうもこちらこそ、さらに一ヶ月経っての返信のbunです。
覚えていらっしゃるでしょうか?
時々HP見させていただいています。
色覚異常という多くの人たちとの違いを豊かさにしていくことは予想以上に難しいと感じざるをえない日々です。
つい10月4日、自動車運転免許を取得しました。試験場の色覚検査は難なくパスしましたが、とても不便なことがあり。
夜間、街灯の並ぶ道路を通っているとき、明かりが白色(?)ぽいのが並んでいると青信号に気づきにくく、黄色ぽいのが並んでいると赤信号に気づきにくいという大変危険な不便におびえつつ運転している今日この頃です。
青信号がわからないならまだしも、赤信号に気づきにくいのは、かなりきけん!
むぅこの手の話はよく聞くかもしれませんがもうちょっと何とかしてほしいもんですね。
合成着色料の件について。
我が家では、ぼくは自分が色覚異常であるという認識を持つ前から、母の方針(?)で、
合成着色料についてはやや気味悪さをしつけられていたせいもあってか、
幼い頃から、着色されていないものを口にすることが圧倒的に多かったので、もしかすると、青い色に見えるものを口にすることがはばかれるのかもしれません。
コンビニ弁当なんかに添えてあるピンクの漬け物は赤緑色盲(軽度)のぼくには、水色に近く見える(としか表現できない)のです。
ぼくの色弱度(変な言い方ですが)が軽いせいか、合成着色料に関わらず、人工的な色と、元々自然にある色とが微妙に違うように思えるということでしょうか。
少し話がひとによって、違ってくるのかもしれませんが、
理論的にわたしたちはものの反射する光の色を見ているわけですが、もしも、人工的に作った色(絵の具など)と、自然界にあるものが反射する光の色が同じだとするならば、色区別が付かないのが色覚異常であるはずにも関わらず、色覚異常者が絵の具を間違えて使用する訳がないのではないでしょうか。
それでもぼくにとって、ケヤキの幹は茶色という絵の具を使うよりは、灰色の絵の具を使う方が納得がいくのです。
ひとの肌を描くのに、橙を使うよりも黄緑のクレヨンを使っていたように思います。
そして、多くの色覚異常の人たちがいうように、木は木の色であり、肌は肌の色なんですよね。
食品に無理な色を付けて美しく(笑)新しく見せるより、
自然の食べ物というものは少しいたんで変色してしまってもそのままの色の方が、ぼくは食べたいと思えます。
合成着色料についてはそんな風に思っています。
今、ぼくの指導教官が違いを豊かにしたいと思っていて、ぼくは色覚異常の話をしたところ、
先生は「ちがいをゆたかさに」という自身の著である絵本の原案の中に、ものが丸く見える○星人と、ものが四角く見える□星人というたとえ話にして、書いてくれました。○星人の方が□星人よりも多く住んでいるという設定で。そこで、「異常だ」といわれた
「ある□星人が○星人には丸く□星人には四角く見える不思議な彫像をつくりました」
と、エピソードを締めくくっていました。なんだかぼくはとてもうれしくて、切なかったです。
そんな風(爆)に大学生活送っている今日この頃。長々とすみません。